演出家セクハラ報道に福岡の表現者である私が思う事。

0
    私と同時期に福岡県内で演劇にかかわっていた、
    演出家が実名で大きなニュースになりました。
    twitterでmetooというハッシュタグを利用しての告発から、またたくまに広がったニュースでした。

    そして、有名な人がかなり厳しいコメントをしていました。
    そのこともニュースになりました。

    このブログは、演劇関係者が読んでいるかもしれないので、
    その事で感じた事を、つらつらと、書いてみようと思います。



    私が特に深く演劇に関わっていたのは、2001年〜2008年の間で、
    市原さんが福岡県で演劇をやっていた時期は少しかぶります。
    企画で一緒になったとき、東京で一緒に朝まで飲んだ日もあります。
    (今でも芝居は続けているつもりですが、公演事業をやめ、
    当時ほど、色んな関係者とお話することはないので、
    このような表現をしています)



    市原さんの女性に関する噂はきいていました。
    複数の女性と関係があるような噂だったと思います。モテるんだなという程度の認識でした。

    市原さんの話ではなく、演劇関係の事で、セクハラパワハラは、
    身近に、いろいろ聞いていました。

    演劇の領域で、ある男性が無理やり女性を誘った(女性本人はレイプという表現を使っていました)、という話を聞いた事があります。

    芸能事務所で、プロデューサーに迫られたなんて話は、いくつか聞きます。
    ある演劇学校の講師が、生徒に手を出したなんて話もききます。
    その講師は、「俺はえこひいきするから、えこひいきされる人間になれ」と言っていたそうです。
    そこで育った生徒は、生きていくために、それは大事な視点だと思ったそうです。


    大御所の方が「キャスティングには公平性があるべきで、それが覆された」というような趣旨のコメントをしていましたが、
    私の立場から見ると、
    キャスティングに公平性があるなんて、いまひとつ現実性を感じません。

    一部のことと取り上げられるのは、違和感があります。

    最近の事情は知りませんが、
    私が演劇をはじめた頃、
    芸能関係というのは、そんな問題と、常に隣り合わせだったのではないかと私は認識しています。

    声をあげられる人は、
    どんどん、声をあげていいと思います。

    同時に、なぜ、そのような事が起こったのか、
    責めるだけではない解決策があると、私は思っています。

    私は、多くの人が、パワハラやセクハラにさらされていたり、
    演技指導といって、性的な行為を要求する人がいたり、
    本当は自身が悪いにもかかわらず、被害者のフリをして声をあげる人がいたり、
    そんな、様々な人が横行しているのは、とても理解できます。
    問題は難しいように思いますが、
    コミュニケーションの欠乏の問題を抱えている人が集まると、
    そこでは、何らかの問題は必ず起こるだろうと思います。


    20才の頃、憧れの劇団の役者に声をかけられました。私はその劇団のファンでした。
    「演劇の話をしよう」と、二人で会いました。
    私は演劇の話をしてもらえるんだと、ワクワクしていくと、
    彼は私の足をさわり、「しようよ」と言いました。
    「えっ。演劇の話は?」ときくと、「うんうん、後でね」と、私を抱きしめようとしました。
    断ると、申し訳ない、この劇団に関わる事が出来なくなってしまうのではないか…と思ったのですが、
    何度も何度も、断って、帰りました。


    何度も似たような事はありました。
    飲み会で、「役者には感情解放が必要だ」と、
    恥ずかしい行為を強要されたり。
    特に、意図はなかったと思います。面白がってたんだと思います。
    目の前で女性が、恥ずかしい事を言っていました。「みどころがある」なんて褒められていました。
    それは私にとって惨めな行為でした。
    でも、しなければ役者になれないし、場をしらけさせてしまうのだと思いました。
    「お前、つまんない奴だな」と言われました。

    私は当時の、その劇団の関係者の、飲み会でのあのような振る舞いに、心地悪さを感じていました。



    ですが、
    「よくある話なんだろう」と思っていましたし、
    役者にはそんな事をする必要があるんだと思いました。
    人に話すほどでもないと思っていました。

    『その程度で傷つくなんて、向いてないよ』と言われると思ったのです。

    私は傷つきやすい人間でしたし、他の人は、こんなこと、なんとも思っていないんだろうから、
    頑張って、考えないようにしようと思いました。


    そして、役者にはなる事は出来ないなとも、思いました。

    今、幸福に生きているであろう人の事を、
    糾弾する意図はありません。ただ、私には、そのような体験がありました。



    私の作品の多くは、
    「レイプに対する絶望」が裏のテーマでした。


    「男性からレイプされる事がアタリマエの日常」を壊そうと戦ってみても、
    結局、愛して許してしまって、絶望する女性の話や。

    男性の虐待で監禁された倉庫で、一人で逃げ場のために絵を描いていると、
    その絵の上でレイプされ、その大好きな絵を自分の血で汚してしまい、絵を完成させる事が出来ない女性の話を。


    そして、その絶望を受け入れて生きていくしかない女性の姿を書いていました。
    それは私自身の一つの姿でありますし、だからなのか、女性に被害を打ち明けられる事もありました。

    当時から、
    演劇に関わっている女性に、レイプの話や、セクハラパワハラの話をききましたし、
    東京の大手の舞台のキャスティングのためにプロデューサーと寝た人の話もききました。
    断る事で、芸能界で仕事できると思うなよ、と言われ、居場所を失った話もききました。

    倫理、という点では、
    寝取りを繰り返してしまうなど、性的に逸脱していると言われるであろう女性とも話しました。
    断れなくて誘われたら誰とでもやってしまうと、泣いている10代の子の話もききました。
    風俗で勤めている人、水商売をやっている人もいました。
    私自身が、当時は、水商売やっていましたしね。
    プロデューサーと名乗る人にAVに誘われたりしましたが、有名になった時に困ると思って断りました。
    ある人に冗談で言われた事もあります。
    「劇団員、かわいい子、一人俺にあてがって。チケット売ってあげるから」という趣旨の事を。

    私の視点からの解釈で、
    被害を受けた視点というのは、時に冤罪も生み出すかもしれません。

    傷ついた人の物語というのは、時に過剰な時もあると知っています。

    私のように、幼いころに大人の男性から性的な扱いを受けた体験がある者は、
    男性を恐怖するあまりに、一つの物語を作ってしまう事もあると思います。

    それを知っているからこそ、私自身も、あまりこの領域に対する体験を言えずにいたのです。

    私も、役者を選ぶ立場にあります。同時に、劇団代表として、選ばれる立場でもあります。
    そのことで、ネットで、身に覚えのないことを書かれたり、言われた事もあり、それは私が傷つく内容のものでした。
    それもあり、被害加害の線引きについては、難しいと思っていました。


    ですから、詳細には、少し違う部分もあるかもしれません。


    私だけの話ではなく、個人を想像されるのはイヤで、少しぼかして書いていますが、
    いま、ここで、誰がどうなのか、を特定する意図はありません。
    公表されたくない女性は多いです。


    レイプされた、セクハラにあったと言う女性の多くは、
    相手を責めようという気持ちはない事もあるのです。
    「それ、本人に直接言っていい?」と言うと、「それは絶対いや、そんな事望んでない」という人もいました。
    ただ、「この事が、なかった事になってほしくない」という気持ちの方が強く、
    だからこそ、誰かに聞いてほしい、その相手が私であった、という事があったように思います。

    ただ、複数の男性を加害者に仕立て上げる女性も中にはいました。
    「かわいそう」と、ある男性はその人に味方し、そして、自身が加害者に仕立て上げられ、
    傷つくという場面も見ました。そういった人を見分ける力も、必要なのだと思います。


    同時に、私は精神病院に入院しているときに、
    「レイプしている側」の話も聞く事になりました。

    それは、
    自分の闇から他者の闇を見つめる行為でした。

    私から酷い目にあったと、言う男性もいます。
    幻覚を見て、パニックの発作をおこして、みんな今すぐ殺してやる、私も死んでやる、なんて言った事もあります。
    当時は記憶障害になっていて、体質改善するまで、記憶をなくしていましたが、今では鮮明に思い出せます。
    男性は怖い思いをしたと思いますが、私を訴える事はありませんでした。
    一度信頼した人に対しては、荒かったし、性格が悪くて暴れたりしました。


    役者にチケットノルマを達成していないと、皆の前で責めたり、
    演技について、きついダメ出しをした事があります。
    だから、当時の役者で、私を嫌っている人もいるだろうなと思います。
    (自分の思い通りにならなかったというだけで、理不尽に嫌っているだけの人もいますが)

    そんなもんだと、思っていたし、
    そうあるべきだと、そうしなければいけない、と、思っていました。



    この世界は、なすすべもなく、

    人が罪を犯し、
    人が罪を許し、
    人が罪を繰り返す。

    そんなものだと、私は思っていたのです。



    2011年、劇団の方向を変えてから、私はたくさんの場面と距離を置きました。

    まず、外部の人と劇団員の接点を減らしました。
    関係者の集まる飲み会に行かない。という事です。

    夜、劇団として出歩く行為に、注意を向けるようにルールを決めました。
    関係者と二人きりで飲まないなど。

    チケットノルマをなくしました。

    公式の「飲み会」をなくし、アルコールを、劇団内に入れない事にしました。

    22時以降、事務所でだらだら過ごすなどの行為を禁止にしました。


    2011年以降の、当時の劇団員にとっては、「物足りない」と感じたかもしれません…そうだと思います。
    それもまた、私の「正義」を押しつける行為でしかありませんでしたから。


    そうこうしているうちに、
    うちの可愛い劇団員が、うちの可愛い高校生の娘と恋をしました。
    本人たちは「自由恋愛」と言っていますが、
    劇団員にとって、それは許されるものではないと思いました。
    「このメンバーで、もう何かをするのは無理だ」と副代表が言った事も、一つのきっかけに、

    一度、劇団を整理しようと、一度、多くの劇団員にやめてもらいました。

    当時の劇団員は、私の事を恨んでいるだろうと思います。


    そして2017年。

    特に、現状に問題があったわけではありませんが、
    過去の演劇関係でおきた事は、私の青春時代を決定したものでした。
    この領域での体験を整理しようと、決めて、ひとつひとつ、
    スタニスラフスキーの演技論をベースに、自分が構築した手法で、
    過去の男性との体験や、集団に対するトラウマ、自分が犯してきた罪を、整理していきました。


    長く書きましたが、
    「そのような経験(被害者側)もある。
    でも、私にも、懐の痛いところもあるし、
    犯罪までは行かなくても、加害者であった可能性もある」
    という事も言いたかったのです。

    そして、加害者であったかもという記憶は、
    自分自身を蝕むのだと、思います。
    精神薬を飲んでいた時期とかぶるので、相当の事を忘れていましたが、
    (精神薬の副作用で、健忘というものがあります。飲んでいた人で、当時の事を忘れている人は多いです)
    今では、様々な事を思い出せます。

    当時、私が、女性で、しょぼくて権力もなかったので、たまたま、「自分の立場がきっかけで知り合った未成年の女性にキャスティングを餌に性的行為を迫る」などの行為には及んでいませんが、
    とても病んでいた当時の私が男性で、権力があって、有名になっていたら、自分をさらに追い詰め、そのような行為にまで、およんでいた事もあるもしれません。



    幼いころ、男性の慰み者になる事を許し、男性が暴力をふるうことを許してしまった私は、
    それを正当化するために、自分もまた、同じように振る舞う可能性もあったのかもしれません。


    だからこそ、自分で自分を病気にしていたのだとも、思うのです。
    だからこそ、潜在意識では有名になるのを拒絶していたのだとも、思うのです。




    でも、「人には良くなる可能性がある」と思います。

    どんなに過去辛い事が合っても、
    どんなに過去罪深い事をしていても、

    人は改善し、前を向いていきていけるのだと、思うのです。


    だから、「演劇界に戻ってきて欲しくない」と言う人がいますが、
    私は、全くそう思いません。


    依存症だから精神病院で治療を、という声もありますが、
    精神科という領域には、その解決策はないと、思います。
    そこに、かかって欲しくありません。



    「心の傷は癒えない」と言う人もいますが、私自身は、自分の傷を回復させて、動けるようになっていきましたし、
    レイプされた事で全く動けなくなった体験から立ち上がり、強く生きている人を多くみてきました。
    そして、「性犯罪は繰り返す」という人もいますが、私はそうは思いません。
    適切に対処していくと、ひどかった状態の人が、回復していくのを、多く見てきました。
    精神科という領域では、見た事がありませんが。


    私は人生を、ずっと、底辺から見上げているような気分になるときがありました。
    自分に価値なんてないと思う事がありました。
    そんな自分が思う事は、

    性犯罪は、許してはいけません。
    その人のために。自分のために。

    「許す」というのは、とても低い行為だと思います。
    悪は許さず、直視することで、動けるようになっていくのだと思います。


    もしも、罪深い行い…
    他者の生存を貶める行為を行ったとき。
    その人が、本当の意味で、なぜこのような事が起きているのかを直視し、深く自分を知り、
    自分の罪を許さないと決め、二度とそのような事が起きなくなったとき、
    人は人ともう一度、手を取り合う事も出来かもしれません。

    過去に、傷を持った人が、自分の傷を整理できたとき、
    多くの事に再び向き合う事が出来るようになるかもしれません。


    演劇のいくつかの手法には、その可能性の欠片があると思います。





    私がちょっと残念なのは、演劇関係者で、この事を、自分の視点で書いている人が少ないということです。

    演劇の偉い人がどう書いたかという事は、私には、取るに足らない事のように、思います。
    叩かれるかもしれない。何か、自分の罪悪感を刺激するような何かが起こるかもしれない。

    私は「アンタだって、相当ひどいことやってるじゃんか」と、言われるのが、やや怖いです。


    でも、本人が見てきたことと、本人が正しいと思う事を、書く。という行為を、やって欲しいと思います。



    だから、

    もう演劇関係者とは言えないかもしれない私ですが、
    思う事を、書いてみることにしました。


    「何も知らないのに好き勝手に書くべきではない」と言う人もいるかもしれませんが、
    何も知らなくても、今、知っている現実で自分が紡げる言葉を、書く事は出来るのではないかと思います。



    辛い事は、声をあげていいと思います。
    違うなら違うと、声をあげていいと思います。
    それは酷いと思う、と思ったことは、声をあげていいと思います。
    良くないと思う、と思った事は、良くないと思う、と、声をあげていいと思います。


    表現を、していいと、思います。




    隠れて、配慮して、隠す、行為は、人の生存を、貶めるのではないかと思います。



    自分の表現が他者を傷つけ、
    そして、その他者は、傷ついた事が原因で、自分を傷つけるかもしれません。


    それも含めて、直面することを、やっても、いいと、思います。




    私の、言葉が、誰かを傷つけるかもしれません。

    でも、

    勇気を出して声をあげた人を貶める意図は一切ありません。
    犯罪的行為を援護する意図も一切ありません。
    そして、特定の個人を排除する意図も一切ありません。




    思う事を書きました。

    自分は、演劇という世界の真っただ中にいた時、その中でも、逸脱した存在でもあったと思います。
    整理できてない部分については、分かりにくいところもありますが、これが、現時点です。

    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    calendar

    S M T W T F S
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930     
    << April 2018 >>

     

    自己紹介


    芸術団体ミクロドロップの代表です。

    「からだとこころの扱い方」の探求をしています。


    このブログでは、
    演劇のこと、劇団のこと、
    心と体のあつかいかた、
    表現と食事の事などを
    書いています。

     

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • 能力がないとか、役者向いてないとか…専門家の言う事も、当てにならないねって話。
      みほ (04/13)
    • 能力がないとか、役者向いてないとか…専門家の言う事も、当てにならないねって話。
      nisimura yositaka (04/12)
    • 「アパレルショップの店員の声かけや接客が苦手」そんな人はどうする?
      みほ (12/09)
    • 「アパレルショップの店員の声かけや接客が苦手」そんな人はどうする?
      ぽんたです。 (12/08)
    • 子供の不登校と引き込もりと演劇と私
      伏見美穂 (02/15)
    • 子供の不登校と引き込もりと演劇と私
      西村善孝 (05/05)

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM